2011/08/10

子どもたちが安心して呼吸し、外で遊び、好きなものを食べられるように

あなたは原発を止めたいですか?
私は止めたいです。

なぜ止めたいの、と聞かれたら、「子どもたちが安心して呼吸し、外で思い存分遊び、好きなものを食べられるように」、と答えます。子どもたちだけではありません。私自身も安心して呼吸し、水を飲み、大地の恵みをいただいて生きていきたいです。

自然に寄り添って生きてきた人なら誰もが、宇宙飛行士だった秋山さんの「『経済成長がなければ、幸せになれない』という神話、いや、これはイデオロギーですよ。このイデオロギーから脱却しない限りは、今回のこの悲惨な事態の教訓を生かすことができないんじゃないでしょうか」に共感するのではないでしょうか。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110728ddm013040137000c.html

311の原発震災は、こんな当たり前の暮らしを困難にしてしまいました。放射能を気にしない、気にしてもどうしようもない、もう何も言わないで、と私にいう人もいますが、呼吸や飲食を通じて私たちの体内に入った放射性物質は、それぞれの核種の物理特性に従って、肉体に影響を与え続けます。

その人が気にしていようと、いまいと、です。

私は4人子どもがいますので、彼らの健康、そして命に対する責任があります。彼らが元気に大人になれるように、そして健康な赤ちゃんが産めるように育ってほしいです。放射能は親としてのそんな当たり前の願いさえも難しくしています。

内部被曝をすれば、程度の多少はあっても卵子や精子が傷つけられたり、ホルモン系や生殖器系が影響を受けます。その影響は幼いものほど大きいのです。このことが放射能の特に恐ろしい特徴です。

私は最初の子どもを当時住んでいた東京の自宅で水中出産したのですが(1993年)、そのときバースセラピストとして出産に立ち会ってくれたのが志村季世恵さんです。彼女のおかげで、初めての自宅水中出産もその後の母乳育児もうまく行ったことを今でも感謝しています。

あれから私は離婚・再婚・海外を含む数回の引越しと環境が変わり、長らく無沙汰していましたが、今日、はなゆーさんが送ってくれたメールに彼女の名前を見つけてびっくり。

季世恵さんらしく、福島の子どもたちを少しでも元気にしようと活動していることを知り、とてもうれしく心が温かくなりました。彼女の最近のTweetsをシェアさせてください。
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志村季世恵(バースセラピスト)さん。ぜひフォローを:
https://twitter.com/#!/s_kiyoe

「福島の子ども達を招いての楽しいキャンプが終わりました。お別れの時、見送る側も見送られる側もみんな泣きました。今の福島に帰りたくない、帰したくないからです。帰る間際不要なペットボトルを何本も集める子どもが大勢いました。親に自分が飲んだ安全なお水を飲ましてあげたいからだと言うのです。」

「福島の子ども達を帰すために貸し切りバスがお寺に着きました。「お土産を買う所はどこがいい?」と尋ねると子ども達が「スーパーではなく函南のお野菜が買えるところをお願いします」と言うのです。小学生も中学生もみんな願いは一緒。待っている家族に安全な野菜をお土産にしたいって。」

「キャンプ最終日。東京の子どもが仲良くなった福島の子どもに「今度は私が福島に会いにくね!」と言いいました。すると相手の子は突然真顔になり「今、福島には来ない方がいい…」と答えたのです。こんなことあっていいの?来てはいけないと言ったその場に子ども達は知っていて帰って行ったのです。」

「いい子達です。親思いの子が多く何とか親を喜ばしたいと考えています。そして自分達福島の人間は日本から見捨てられたと思っています。キャンプが終わり参加した東京の子の一人は自分の将来を真剣に考え福島を救えるような進路を探し始めました。」
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福島の子どもたち、日本の子どもたち、こんなことになる前に原発を止めることができなくて、本当にごめんなさい。

アメリカ先住民は常に7世代先の子どもたちのことを考えて決定をするのが大人の責任としてきました。そういう意味では、日本の大人は原発に賛成の人も反対の人も、無関心の人も関心ある人も、大人として子どもたちに地震国日本を原発だらけにして放射能で汚してしまったことに対して、責任を負っています。未来世代に核のゴミを残してしまうことだけでも本当に無責任です。ホピ族は「大地は祖先からの贈り物ではない。子孫たちからの預かりものだ」と言います。

私たちたちは、今も被曝し続ける福島やその周辺の子どもたちが健康に生き伸びられるように、智慧を出し、力を合わせ、迅速に行動する必要があります。その最初の一歩は、原発を止めること(原発なしでも電気は足りている、ということを知り、知らせることから)と汚染地に暮らす子どもたちに避難や疎開の手を差し伸べることだと私は思います。

つなぐ光」は末永い活動になります。

*読んでくださって、ありがとうございます。応援のクリックに感謝します。



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